九本の尻尾を持つ狐霊「星塵の狐」は、宇宙の外れに棲まう神秘の存在であった。その九本の尻尾はそれぞれが異なる星雲の光を宿し、動くたびに宇宙の塵をまき散らす。流れ星とは実は、星塵の狐が尻尾を振った時に零れる星の欠片だと、古老たちは語り伝えてきた。数千年の命を生きてきた星塵の狐は、孤独ではあったが不満はなかった。なぜなら宇宙は無限に美しく、その美を独り占めにできることに満足していたからだ。しかし或る秋の夜、すべてが変わった。
若い天文学者の「誠一」は、山頂の観測所で夜な夜な望遠鏡を覗いていた。彼は星座の成り立ちを解き明かしたいと思い、人里離れた高山に一人籠って研究を続けていた。その夜は特別な流星群が見られる夜で、誠一は徹夜で観測を続けた。夜明け前、ついにそれまで誰も見たことのない光のパターンを発見した。九本の光の線が交差しながら星空を駆け抜けていく――その美しさに誠一は言葉を失った。「なんと美しい……」と彼が呟いた瞬間、星塵の狐は初めて人間の目に映っていることを悟った。
星塵の狐は千年の時を経ても、誰かに「美しい」と言われたことはなかった。神々からも妖怪からも一定の距離を置いて存在してきた彼女にとって、その一言は晴天の霹靂であった。翌夜も、また翌夜も、誠一は山頂に現れ、星空を観測した。そして毎晩、流星群の中に九本の光の尾を見つけては、日記に美しい言葉で書き記した。星塵の狐は次第に誠一の傍に近づき、人間の姿をとって彼の前に現れることを決意した。「なぜ毎晩ここにいるの?」と白い衣の娘が問いかけた。誠一は驚きながらも答えた。「あなたを……いや、あの美しい流れ星を探しているんです」。
二人の間に交わされた言葉は夜ごとに増え、秋が深まる頃には互いへの思いが星の糸のように絡み合っていた。流星群が最後のピークを迎える夜、星塵の狐は真の姿を誠一に明かした。九本の尻尾が広がり、星塵が部屋中に舞った。誠一は目を見張ったが、すぐに微笑んだ。「やはり、あなただったんですね。最初から、わかっていました」。星塵の狐は初めて涙を流した。その涙は一粒の流れ星となって夜空を駆け抜け、虚空のどこかでその二人の縁を記録した。
――人と神霊の恋は、常に哀しみと美しさを同時に宿している。星塵の狐と誠一の婚礼は、流星群の夜に執り行われ、その夜に降り注いだ星の数だけ、幸せの誓いが立てられたという。